高野参詣道「京大坂道」|学文路駅→不動坂口女人堂

登山・トレッキング
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2020年1月中旬、今回は高野参詣道「京大坂道」を歩いてきました!

年が明けてお正月。すぐに初詣の為に神社やお寺がある山へ登りに行こうと考えていましたが、年明け早々インフルエンザにかかってしまったブログ主。

1週間近くずっと寝込んでいましたが、ようやく体調も戻り、病み上がりではありますがずっと歩きたかった学文路から高野山(不動坂口女人堂)への参詣道「京大坂道」をたどって初詣に訪れました!!

「高野参詣道・高野七口」についてまとめました↓

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高野参詣道「京大坂道」とは?

高野参詣道「京大坂道(きょうおおさかみち)」とは、高野七口の一つ「不動坂口」へ至る参詣道です!

その名前の通り、京都と大阪からの参詣者で賑わった街道です。橋本方面から並走する信仰が強い「町石道」や険しい「黒河道」などの他の高野七口に比べて非常に歩きやすいルートだった為、多くの人々が利用し、近代に大いに栄えた参詣道です。

ルートは京都・大阪・堺からの街道が河内長野で合流し、紀見峠を越えて橋本で紀の川を渡ります。学文路から河根、神谷と集落を抜けて進み、極楽橋から不動坂口女人堂へ登って高野山内に至ります。

道沿いには参詣者を迎える集落が非常に多く、現在はほとんどが舗装された街道となっています。多くの人々が行き交うルートだったので、宿屋跡も多く重要な参詣道として栄えてきた様子が伺えます。

高野参詣道の中では「町石道」と「小辺路」が2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一部として世界遺産に登録されました。その後の登録範囲の変更により、2016年に「黒河道」と共に京大坂道のハイライト「不動坂」も世界遺産に追加登録されました!

「京大坂道」の基本データ!

起点:学文路 終点:不動坂口女人堂

距離:9.5km※GPSログでは11.5kmでした

その他:世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」

コースタイムと今回のプラン

京大坂道(学文路駅→不動坂口女人堂まで)の標準コースタイムは約5時間ほど。

休憩時間も考慮して6時間で計画しました!

でも京大坂道のコース内は不動坂の旧道を除いてほとんどが舗装路となるので、距離は長いですが、実際は考えていたよりも時間はかかりませんでした!

高野参詣道「京大坂道」:タイム3時間31分

  1. 学文路駅(7:17)→西光寺(7:26)→河根(7:53)→千石橋(8:12)
  2. 作水集落(8:23)→仇討ち(8:55)→神谷(9:19)→極楽橋(9:59)
  3. 不動坂|極楽橋→不動坂口女人堂(10:47)

高野山散策:金剛峯寺・壇上伽藍→極楽橋駅(12:26)

参考にしたマップ

「京大坂道」を歩くにあたって参考にさせていただいた街道マップの紹介です!

普段の登山と同じく昭文社「山と高原地図」を持参し、それと合わせてわかやま観光情報「高野参詣道街道マップ」を印刷して持っていきました!

この街道マップはコースタイムや距離だけでなく、順路の図解や史跡の解説、アクセス情報まで詳細にまとめられている頼もしいマップです♪

高野山の街道や熊野古道に挑戦されている方にはお馴染みのマップですね!

「わかやま観光情報」のHPからPDFで配布されています↓

京大坂道マップ

わかやま観光情報:高野参詣道|街道マップ

学文路駅へのアクセス

大阪方面から

  • 南海高野線「難波駅」→「学文路駅」
  • 快速急行or急行

和歌山方面から

  • JR和歌山線で「橋本駅」へ
  • 高野線:橋本駅→学文路駅

「京大坂道」で高野山へ

学文路駅→河根→千石橋(二里石)

〈7:17〉それでは「学文路駅」から高野山へ向けてスタート!

駅の階段を降りたところに「京大坂道」の説明板があります!スタート前に確認してみてね。

学文路駅を出発し車道沿いを東に進みます。駅から2つ目のこちらの交差点を右へ。交差点には道標があります。

目印は道路の反対側に石碑と歯医者?があります。京大坂道は全体を通して道標が豊富なわかりやすいコースですが、最初だけ少し分かりにくいので注意してください。

ちなみに1つ目の交差点を山側に曲がっても後に合流するのでどちらでもOKです!

交差点を山側へ登り、高野線の踏切を渡ります。

踏切からしばらく登ると、足元に「高野街道」の路面標示がありました♪この路面標示を見つければ後はゴールまで道迷いの心配はありません!

集落に沿って真っ直ぐ登っていく!!

すると、「石堂丸物語」の舞台として知られる”玉屋旅館跡”があり、

〈7:26〉そのすぐ先が同じく物語の舞台となった「刈萱堂(かるかりどう)」がある西光寺に到着です!

『石堂丸刈萱物語』は、苅萱道心とその息子である石堂丸にまつわる物語で、説経節、浄瑠璃、歌舞伎などの演目として作品化されています。

また西光寺は「人魚のミイラ」が眠るお寺としても有名です。不老長寿や無病息災を願う人々の信仰の対象となっています。

残念ながら朝早すぎて見学できませんでした。見てみたい(´・ω・`)

映画の「陰陽師」とか、ホラーゲームの「SIREN」とがで人魚を食べて不老不死になった八百比丘尼伝説を知って、それからブログ主はこういうちょっとオカルトちっくなお話が大好物です。

西光寺の少し先から麓の景色!朝焼けに染まる和泉山脈。

西光寺からしばらく車道を進みます。

お地蔵さんを目印にここは右の道へ。

集落を抜けて、

陸橋を渡ります。

陸橋から西側の景色。向こう側に見えるのが「町石道」の尾根です。

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柿畑を抜けて、この分岐は左の道へと進みます。

道案内の石柱と足元には「高野街道」の路面標示がありました。こういう間違えそうな分岐にはしっかりと道標が設置されていて、集落や柿畑などののどかな風景を楽しみながら進むことができました。

柿畑を眺めながら登っていく。

このあたりは繁野という集落で、この集落内には六地蔵の「第三の地蔵」があります。ブログ主は見落としちゃいましたorz

六地蔵は江戸時代に京大坂道の参詣者の安全を祈って作られた六体の地蔵。学文路~極楽橋までの間には3~6までの地蔵があります。

ちなみに「第一の地蔵」は橋本市清水地区、「第二の地蔵」は橋本市南馬場地区にあります。

集落を抜けて「ゆめさきトンネル」の出口付近で道路を横断します。カーブしてるトンネルなので横断の際は注意!

横断した先で再び集落内に入ると、

「大師の硯水」という水場があります。

その昔、この地を通りかかった弘法大師が硯の水を求めたところ、村人は遠い谷間で水を汲みに行ったそうです。大師はその不便さを気の毒に思い、地面に杖を突き刺したところ清水が湧き出したという言い伝えがあります。

集落を出て少し下ると道が二手に分かれます。ここは本来は左の小道を進みますが、ちょうど補修工事が行われていました。

工事現場の方に少し下ったところにある消防団の倉庫の脇から迂回できると教えてもらいました!

ここが補修箇所。ほとんど工事は終わっているみたいですね♪

〈7:53〉硯水のある集落を登りきった峠が「河根峠」。峠からは一転して急な下りになります。つづら折りに竹林をぐんぐん下っていく!

ちょうど日も昇り始めて少しポカポカした陽気になってきました♪

この下り坂途中の道はずれに「第四の地蔵」があったみたいなのですが、ここも見落としちゃってましたorz

下り途中から河根集落を見渡す。

麓に下る少し手前に「河根丹生神社」があります。この神社は「丹生都比売明神」と「狩場明神」が祀られています。

参拝がてら休憩するのにちょうど良さそうなスポットでした♪

集落へ下ってきました!この交差点は真っ直ぐ横断して、集落内を進みます。

交差点にある公衆電話。最近はほとんど見かけることがなくなった公衆電話。

角にあるレトロな雰囲気の建物。電話マークの看板があるけど、商店とかだったのかな?

なぜかトトロでメイが行方知れずになったときに、サツキが本家?に電話を借りに行ったシーンを思い出しました。

河根の集落は参詣者の宿場町だった地域です。右手の建物は元本陣の中村旅館跡。

〈8:12〉宿場町を出ると、丹生川に架かる千石橋に到着です!!

千石橋の前には「二里石」が建っています。

一里がだいたい4kmだからゴールまであと8kmほど。まだまだ先は長いですね!

作水集落→高野の仇討ち→神谷→極楽橋

千石橋からきれいな丹生川を眺める。夏とかBBQに良さそうな河原ですね。この時期は寒いけど。

千石橋を渡るとここから作水坂と呼ばれるキツイ登りになります。

ゴールしてから振り返ってもこの坂が一番きつかった…(´・ω・`)

ハァハァと息が上がりながら、急坂を登ると集落がありました。

〈8:23〉この集落が作水集落です。作水集落の中程には「第五の地蔵」が祀られています。ようやく六地蔵の1つを発見!!

地蔵の前に高野山周辺の街道をまとめた無料のガイドブックが配布されていたので一部いただきました♪

このガイドブック、わかやま観光情報のマップと同じだけど、高野山関連に絞って詳細にまとめられているので、かなりオススメ!ぜひ手に入れてご参考にしてください♪

作水集落からも登りが続きます。きつい登りですが時たま景色が開けるので、作水坂よりもちょっと楽しい♪

登っている途中にもポツポツと民家や集落があり、数件ほど民家が並ぶ桜茶屋集落には最後の「第六の地蔵」がありました!

第六地蔵を過ぎるとようやく登りも緩やかになり始めました。遠くに見えるのが高野山かな?

道幅の狭い道ですが車通りがわりと多かったのにビックリしました。こんな小道をトラックが通ってたりします^^;

あと慣れているのかスピード出しながら運転されている方も多かったので、十分注意してください!!

道が平坦になると、

〈8:55〉このあたりが「高野の仇討ち」があった場所です。

文久2年(1862)に播州赤穂藩でのお家騒動が発端となり、明治4年(1871)に高野山の宿場町「神谷」の黒岩付近で仇討ちがありました。

この事件の2年後に明治政府から「復讐禁止令」が出されて仇討ちが禁止となった為、ここで起こった事件は「日本最後の仇討ち」とされています。

仇討ちにより討たれた7名は地元の村人によって「殉難七士の墓」として黒岩の少し先にあるお墓でお祀りされています。

高野の仇討ち付近から神々しい高野山。たぶんあっちの方は高野三山方面だと思う。

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道が下り始めると、”京大坂道”の石柱とならんで「一里石」がありました。

一里石の奥には「縁結び」の神社。

お堂の横にはお地蔵さん。この神社にはベンチもあり休憩ポイントにいいですね♪

〈9:19〉神谷の宿場町に下ってきました。右側から高野下駅から続く長狭街道「槙尾道」が合流します。

道脇の石碑は「御成婚記念道程標」。昭和天皇の御成婚を記念して大正時代に建てられたそうです。道程標には”女人堂4400m”とありました!

集落内を進んでいくと「旧白藤小学校」という廃校がありました。

この小学校の校庭は休憩所になっていて、とってもきれいなトイレがありました♪京大坂道は舗装路でコース内に集落も多いですが、トイレは多くなかったです。

見落としただけかもだけど、ここと女人堂以外にトイレがあった記憶がない。

ここまでほぼノンストップでスムーズに歩けたので、小学校の校庭でしばらくゆっくり休憩♪

紅茶とパイとブラックサンダーで糖分補給♪

休憩しながら、校舎内を窓から覗くとこんな感じの雰囲気がいい木造校舎でした。映画のセットみたい。

道側の表面玄関はこんな感じ。

以前歩いた「黒河道」にも久保小学校という廃校があったけど、昔は山奥の集落にも子供がたくさんいたんでしょうね。学校として使われなくなった校舎を見て少し寂しい気持ちになりました。

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〈9:35〉休憩を終えて行動再開!極楽橋へ向けて進みます!

道脇のお地蔵さん。真ん中のお地蔵さんには”くまの”の文字がありました。

足元には小さなかわいいお地蔵さんも(*´ω`*)

神谷の集落を抜けると、久々の交差点。ここは真っ直ぐ進んでしまいそうですが、対岸にある道標の「極楽橋駅」への案内に従い右へ下っていきます。

ちなみに案内には真っ直ぐ進むと”四寸岩”とありました。地図で確認したところ四寸岩から更に林道を進んでいくと高野三山の転軸山方面へ続いているようでした。

交差点を右に進むとなにやら面白い道に。

ここからは線路に沿って進んでいきます。

高野線のトンネルの上を通る雰囲気のいい道♪

振り返るとこんな感じ。そこからしばらく道なりに進み、

京大坂道の案内板の向かいから、

沢沿いの小道に入ります。

〈9:59〉すると朱色が鮮やかな「極楽橋」に到着です!極楽橋駅へは橋の下をくぐる右側の道です。

ちょうど電車がホームに入ってきました♪

不動坂|極楽橋→不動坂口女人堂

それでは極楽橋を渡って京大坂道の最後の難所「不動坂」を登っていきましょう!

世界遺産に登録されているのはここから女人堂までの区間です!

不動坂のマップ。不動坂には舗装された新道(赤)と山道の旧道(ピンク)があります。今回は旧道を登っていきます。

ちなみに帰りもケーブルを使わずに極楽橋駅まで歩く予定だったので、帰りは新道を降ろうと思います。

不動坂は今まで高野山周辺の参詣道を歩いた際に、ケーブルの料金をケチるために何度も”下り”で歩いています。でも実は不動坂を”登る”のは初めてだったりします。

それでは出発!不動坂は極楽橋から女人堂までの高低差約300mを短い区間で登る、高野山を目前にした最後の難所でした。

高野山ケーブルの高架を潜って、少し進むと、

ここが旧道との分岐。右側の山道を登っていきます。

旧道の始めのつづら折りの登りは「いろは坂」と呼ばれ、すべての曲がりをとって「四十八曲がり」とも呼ばれる難所でした。

名前の由来はそのまま「いろはにほへと…」の「いろはうた」。このいろはうたは弘法大師がつくったと言われています。

かなり急な登りですが、ここまでずっと舗装路歩きだったので、柔らかい山道を歩くのが楽しい♪舗装路歩きって進みやすいけど足腰に負担が大きいから、ふわっとした山道に癒やされました(*´ω`*)

いろは坂を登りきると、ここからはなだらかな山道。柵があるこの場所は「万丈転」といい、断崖絶壁の足を踏み外すと命に関わる難所として知られていました。

また万丈転は刑場としての側面もあり、罪人の手足を縛り、簀巻きにして崖下に追放した場であったとも伝えられています。

こえー(´;ω;`)

緩やかな登りの山道。木漏れ日が気持ちいい♪

時期的にもっと寒いかと予想していましたが、風も穏やかな一日でした。少し曇り気味でしたが、高野山内の気温計で10℃近くありました。

お!そろそろゴールが見えてきた♪

新道と一旦合流し、

そのすぐ先にある清不動堂の脇から再び山道に入ります。

清不動堂の裏には大きな洞穴。ロープが張ってあって近づけませんでしたがかなり迫力のある洞穴でした。

こういう中が真っ暗な穴がかなり苦手…。以前、奈良県の屯鶴峯を散歩した際に防空壕を見てきましたが、入り口を見ただけで鳥肌が立つぐらい怖かったです(´・ω・`)

清不動からの旧道は短く、山道を少し登ると、

すぐに新道と合流です。このあたりは不動坂の中でも「花折坂」と呼ばれています。

合流地点には2つの石柱が立っていて、江戸時代後期の『紀伊名所図会』ではこの場所に参詣者が花を供えるための大きな花瓶が2基描かれています。

平成22年からの調査では華瓶のうちの1つが発見され、描かれた花瓶のとおり巨大なものだったそうです。

新道と合流して少し登りきると道路に突き当たります。

左が女人堂方面。右はケーブル駅へのバス専用道路になっています。

〈10:47〉ということでゴールの不動坂口女人堂に到着しました!!

本来はここまで5時間は掛かるとして計画していましたが、スタートからちょうど3時間半と予想を大幅に短縮してゴールできました!

やっぱり普段の山歩きと違って、コースのほとんどが舗装路だったので、ロングコースだったけど距離に対してかかる時間が全然違いますね。

女人堂でしっかりお参りしてから、前のベンチでゆっくり休憩しました。

不動坂口女人堂は、かつて高野山内が女人禁制だった時代に、女性参詣者の為に””籠り堂”として高野七口に建てられたお堂の一つ。女人堂として現存しているのはこの不動坂口女人堂のみです。

以前、高野三山と合わせて、高野七口を巡る「女人道」も歩いてきたのでそちらの記事もよろしくおねがいします!

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高野山散策♪初詣してきた!

それでは高野山内を散策していきましょう♪インフルエンザで寝込んじゃったから、少し遅くなったけど初詣に出発!

ちなみに高野山は仏教の”お寺”で、初詣って”神社”に参るイメージだったけど、調べてみたところ初詣は”お寺”でも”神社”でもどちらでもいいみたい。

昔の人々は「恵方参り」といって、その年の干支にちなんだ年神様のいる縁起のいい方角にある社寺に参拝していたそうです。

まずは総本山「金剛峯寺」

今回は内には入らずに、奥の拝殿でお参りしました。

次は壇上伽藍へ。

壇上伽藍の根本大塔は内部を拝観してお参りしてきました。中に入るのは初めて高野山を訪れた中学生の時の遠足以来でした。

その後も周辺を参拝して周りました。これだけたくさんお参りしたら御利益あるかも!

高野山内を散策し始めてから、天気もさらに良くなって来ました。気温も上がって絶好の初詣日より♪

それでも建物で影にある場所には少しだけ雪が残っていました。

こちらは金堂。

高野山のパンフレットでよく見る池。

1時間ほど散策して満足したのでそろそろ帰りましょ♪

帰りは不動坂の新道の方を下ります。

旧道からは見えない、稚児の滝。

新道を下ってくるとちょうどケーブルが登っていきました!!間近で見られてラッキー♪

〈12:26〉ということで極楽橋駅に到着!!

駅員さんに尋ねると、電車が出発したばかりで次の電車まで1時間弱もありましたorz

これならもうすこし山内を散策すればよかったかも。というより電車の時間を調べてから散策するべきでしたね。

駅のベンチでうたた寝して電車が来るのを待ち、トコトコ電車に揺られながら自宅に帰りました。

まとめ

今回は高野参詣道「京大坂道」でした!

年明けすぐに歩く予定をしていましたが、インフルエンザにかかってしまい、すっかりお正月が過ぎてからの初詣になってしまいました。

病み上がりで体力面で少し心配でしたが、京大坂道はほとんどが舗装されたコースで非常に歩きやすかったです。天候もまずまずで、見どころの多い充実した街道歩きが楽しめました!

山の中を真っ直ぐ進む街道なのに、コース内に絶え間なく集落が続いていくことにすごく驚きました。参詣道として多くの人々が利用し、栄えてきた様子が伺えました!

高野参詣道を初めて歩くなら、今回の「京大坂道」はとっても挑戦しやすいコースだと思います!

遅ればせながら、

あけましておめでとうございます!今年もよろしくおねがいします!

「高野参詣道・高野七口」についてまとめました↓

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